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東京地方裁判所 平成4年(ワ)23010号 判決

原告 ファーストクレジット株式会社

右代表者代表取締役 岸本恭博

右代理人支配人 佐藤興次

右訴訟代理人弁護士 河崎光成

望月健一郎

被告 株式会社第一住宅通商

右代表者代表取締役 高山吉弘

被告 株式会社豊和地所

右代表者代表取締役 萩田智久

被告ら訴訟代理人弁護士 田原勉

主文

一  被告らが別紙物件目録≪省略≫一記載の建物について、平成四年六月一二日、被告株式会社第一住宅通商を賃貸人、被告株式会社豊和地所を賃借人とし、賃料一か月七二万円、期間平成四年六月一二日から平成七年六月一一日まで三年間の約定で締結した賃貸借契約を解除する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、建物に抵当権を設定し、登記をした原告が、その後に設定された短期賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすとして、民法三九五条ただし書に基づきその解除を求める事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、被告第一住宅通商に対し、昭和六二年一一月二八日、次の約定で金銭を貸し付けた。(≪証拠省略≫)。

(一) 貸付元金 二億円

(二) 利息 年七・三パーセント(後に年一〇・〇二パーセントに変更)

(三) 損害金 年一九・二パーセント

(四) 弁済方法 昭和六二年一一月二八日に利息金一二一万六六六六円を支払い、翌一二月から昭和八七年一〇月まで毎月二七日限り元利金一四四万八九六七円(後に一七八万八七九二円に変更)を分割弁済する。

(五) 特約 元利金の支払を一回でも遅滞したときは、当然に期限の利益を失う。

2  原告は、被告第一住宅通商から、昭和六二年一一月二八日、この貸付金債権を被担保債権として同被告所有の別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という)及びその敷地利用権である同目録二記載の土地共有持分に抵当権の設定を受け、東京法務局昭和六二年一一月三〇日受付第二八七一号をもってその抵当権設定登記をした。

3  被告第一住宅通商は、平成四年四月二七日分の分割弁済を遅滞して期限の利益を喪失し、原告に対し、貸付残元金一億八七四四万九六六八円及びこれに対する平成四年四月二八日から支払済みまで年一九・二パーセントの割合による損害金を支払う義務を負うことになった(≪証拠省略≫)。

4  被告第一住宅通商は、被告豊和地所に対し、平成四年六月一二日、本件建物を次の約定で賃貸し、引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という)。

(一) 期間 平成四年六月一二日から平成七年六月一一日まで三年間

(二) 賃料 一か月七二万円

(三) 管理費 一か月一二万四七三三円

(四) 保証金 二〇〇〇万円

二  争点

本件賃貸借契約が抵当権者である原告に損害を及ぼすかどうか。

1  原告の主張

本件建物の価額(敷地利用権を含む。以下同じ)は、本件賃貸借契約がなければ一億五四〇〇万円であるが、本件賃貸借契約を前提とすると、その存在による減価額七五八万円及び賃貸人である被告第一住宅通商が受領した保証金二〇〇〇万円を差し引いた一億二六〇〇万円となる。

原告は、競売手続によって被担保債権の全額を回収することができないばかりでなく、本件賃貸借契約によって更に回収金額を減少させられるのであるから、本件賃貸借契約は、抵当権者である原告に損害を及ぼす。

2  被告らの主張

民法三九五条ただし書は、短期賃貸借が買受人にとって特に不利益な内容であるときは抵当不動産の売却価額を低下させて抵当権者に損害を与えることになるから、解除によって賃貸借関係の買受人への承継を阻止することを目的としたものである。したがって、短期賃貸借の内容(賃料の額又は前払の有無、敷金又は保証金の有無、その額等)により、これを抵当権者に対抗しうるものとすれば抵当権者に損害を及ぼすことになる場合に限り、その解除が認められるのであって、短期賃貸借に基づく抵当不動産の占有それ自体が抵当不動産の担保価値を減少させ、抵当権者に損害を及ぼすものとして解除が認められるのではない(もし、そうだとすれば、短期賃貸借すべてが解除しうるものとなり、短期賃貸借の制度そのものを否定することになる)。

本件賃貸借契約の内容は、賃料や保証金の額は近隣の貸事務所の事例に比べても異常なものではなく、賃料の前払や賃借権の譲渡転貸の自由等の特約もなく、通常の賃貸借に比べて抵当権者に特に不利益を与えるものではないから、抵当権者である原告において当然受忍すべき限度内のものである。

本件建物の価額が本件賃貸借契約がなければ一億五四〇〇万円であり、本件賃貸借契約を前提とすると一億二六〇〇万円になるとしても、この減価は一般の短期賃貸借権減価をした場合とほぼ一致している以上、減価分二八〇〇万円が抵当権者の損害と認められるものではない。

第三争点に対する判断

一  鑑定の結果によれば、本件建物の価額は、被告第一住宅通商から賃借して占有している第三者がいない場合は一億五四〇〇万円であるのに対し、被告豊和地所が被告第一住宅通商から本件賃貸借契約に基づき借り受けて占有している場合は、買受人が建物の占有を取得するために要すると見込まれる時間的、経済的負担に相当する価額として七五八万円が減価されるほか、買受人は賃貸借関係を承継すると保証金二〇〇〇万円の返還義務も承継するので、この分も減価されて一億二六〇〇万円になることが認められる。

したがって、原告は、本件建物及びその敷地の共有持分権に設定された抵当権の被担保債権として、貸付残元金一億八七四四万九六六八円及びこれに対する平成四年四月二八日から支払済みまで年一九・二パーセントの割合による損害金の債権を有するのであるから、本件賃貸借契約がなくても抵当権の実行によってその債権全額の回収が既に不可能なところ、本件賃貸借契約が短期賃貸借として抵当権者である原告に対抗することができるとすると、更に回収可能な債権額が二八〇〇万円減額されることになる。

二  被告らは、本件賃貸借契約の内容は通常の場合に比べて賃貸人に特に不利益なものではなく、また、本件賃貸借契約によって本件建物の価額が減少するとしても、それは一般の短期賃貸借権減価をした場合とほぼ一致するから、本件賃貸借契約が抵当権者である原告に損害を及ぼすものではないと主張する。

なるほど、民法三九五条本文が同法六〇二条所定の期間を超えない短期賃貸借権につき先順位の抵当権に対抗することができる旨を定めているのは、不動産の用益権と担保権の調和を図ることを目的とするものではあるが、民法三九五条本文もただし書きと相まって抵当権者に損害を及ぼさない範囲でのみ短期賃借権に対抗力を与えるものであるから、仮に短期賃貸借の契約内容が通常のものであるとしても、抵当権者が被担保債権について債権回収額の減少を受忍すべきものとする理由はない。短期賃借権の存在が抵当不動産の価額を減少させ、そのために抵当権者が被担保債権の完全な弁済を受けられなくなるとき、あるいは、既に完全な弁済を受けられなかったのに更にその不足額が増加するときは、短期賃貸借は抵当権者に損害を及ぼすものというべきである。

三  前記のとおり、本件建物の価額は本件賃貸借契約が存在しないとした場合一億五四〇〇万円であるが、原告はこれを超える被担保債権を有して既に完全な弁済を受けられない状況にあるところ、本件賃貸借契約により本件建物の価額は一億二六〇〇万円に減少し、原告が弁済を受けられる金額が更に二八〇〇万円減少するのであるから、本件賃貸借契約は、抵当権者である原告に損害を及ぼす。

第四結論

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片山良廣 裁判官 吉川愼一 大垣貴靖)

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